河原文翠の日々是好日

降っても 照っても 日日是好日。泣いても笑っても 今日が一番いい日。

同床異夢

  
                                  四 字 熟 語


                              同床異夢  (どうしょういむ)
                                 

床はユカでなく寝床のトコ。同じ床に寝ていても二人の見る夢はちがう。転じて、同じ仲間同じ立場の同志でありながら、それぞれ思惑がちがい目標や考え方を異にしていることを、同床異夢という。これを夫婦にあてはめれば、男女とも無我夢中でベッドも夢も一つでありたいと願うものの、そうはいかない。

 

初めての夜から同床異夢が始まり、めったに同床同夢なんてお目出度いことにはならない。結婚二十年もたてば、まったくの同床異夢の関係だ。意地悪くいえば、夫婦といえども死ぬまで理解しあえない別人格であるのが当然で、「夫婦は一心同体」なんて格言も、現代では「夫婦は二心二体」といいかえなければ通用しない。

 

そこまで露骨にいっちゃミもフタもないので、私などの結婚式のスピーチでは、「夫婦は一心同体、だがサイフは別」。その昔、維新の志士がもらしたという「枕を共にしても計りがたきは女の心なり」は奥が深い。妻も恋人も女である。女性の心は男にとって永遠の謎だ。

 

 

大願成就

  
                                      四 字 熟 語


                             大願成就 (たいがんじょうじゅ)
                                 

  年頭にあたっては、誰しもが一年の安定と幸福を神仏に祈りたい気持ちになる。
初詣の習慣は今や現代人のレジャーと化した。世界平和の実現や地球環境の救済なども大願ではあるが、受験も昇進も結婚も商売繁盛もマイホーム取得も、本人にとっては大きな祈願だ。仏教では、仏が素生を救おうとする願いを大願というが、我々凡俗の世界では小さくても切実で身近に祈願こそ、大願である。それが成し遂げられ、実ることを大願成就という。

 

お賽銭と大願の関係だが、十円や百円では大願は成就しない。千円札や一万円札ではどうかというと、この程度で大願成就を祈るのは神仏に失礼だ。むしろ最小のお金で最大の効果をあげるには、五円で縁起をかつぐしかあるまい。大願と金額は無関係で、大事なのは心だと勝手に思っていい。

 

満願成就というのもある。日数を決めて神仏に祈願し、その期間が終わって願いがかなうことをいう。念のため、小願成就という言葉は無い。

 

 

小心翼々

  
                                 四 字 熟 語


                             小心翼々 (しょうしんよくよく)
                                 

 サラリーマンの社会には、この手の弱気者が多いと聞くが、果たしてどうだろうか。
気が小さくいつもビクビクおどおどしている臆病な男たちをからかって、小心翼々とバカにする。これが普通の使い方だが、本来この言葉は中国古典中の古典である『詩経』に出てくる。細かいことに気をくばり、敬の心をもって慎み深くする意味に使われていた。

 

そして小心には、慎み深く控えめという意味と、臆病である意と二つある。翼翼も、盛んである、また敬い慎むの意があって、小心翼々は必ずしも悪いイメージではなかったのに、我が国では少なくとも揶揄と皮肉の低い言葉となってしまった。なお、小心浴浴と書くとか小心欲欲と書く人がいるので注意。

 

中国人は「小心」の二文字を見たら、注意と受け取る。危険な場所にこの立て札をよく見かける。ついでに、「耐心」とは我慢強いことだ。東京の中華料理の店で、「放心」飯店というのがあって、日本人にはなんとなく意味不明だが、これは心を解放させる、つまり安心できる店という意味で、放心状態とはまったく違う。

 

 

厚顔無恥

   
                                     四 字 熟 語


                               厚顔無恥 (こうがんむち)
                                 

無恥を無知と書いちゃ困る。無恥というのは恥知らずのこと、恥を恥とも思わない図々しい奴のことだ。厚顔は厚かましいこと。厚顔無恥はもはや説明不要、あなたの周りにも必ず居る、かましくて無遠慮で恥知らずのハレンチな奴を軽蔑していう言葉。

 

悪徳商法のセールスマンの中には、こういう連中が少なくないと聞く。どちらにせよ、褒める感じはひとカケラもない悪いイメージの表現だから、気に入らない奴に向かってぶつける時には便利だが、自分もどこで厚顔無恥といわれているかわからないので要注意である。

 

コーガンについては面白い話がある。かなり有名な女性キャスターが雑誌社に渡した原稿の中で、「政治家の紅顔無恥にはあきれました」と書いた。編集者は訂正していいものかどうか迷ったあげく、プライドの高い彼女が傷つくと思ってそのままにしておいた。
槍玉にあげられた政治家たちのほうは、キャスター女史の『厚顔無恥』ぶりに喝采を贈った。
睾丸無知』と書いていれば、もっと笑えたのに残念。

 

 

信賞必罰

   
                                      四 字 熟 語


                                    信賞必罰  (しんしょうひつばつ)
                                 

中国には古く、「信賞必罰は覇王の資なり」という言葉があって、賞罰は厳格でけじめをつけ厳正な処遇をすることが政治の基本だ、という考えがある。会社や組織もこの通りで、功績のあった人は必ず賞を与えて褒め、罪を犯したり大失敗をやらかした者に対しては必ず罰を与える。このけじめをいいかげんにしてはいけない。これが信賞必罰である。

 

民主的にすぎて誰にもボーナスで差をつけない会社ずあったら、たぶん潰れるだろう。それくらい信賞必罰は社員の士気を左右するのだ
中国二千年の伝統が今に生きているというべきか。

 

ビジネス社会の常識に、論功行賞という言葉もある。これは功を論じて賞を行うと読めるが、功績の大小、内容などをよく論じて価値判断し、それに相応しい賞を下の者に与えること、いわばご褒美だ。これも社員などの士気に大きくかかわるが、しょせん人間の決めること、私情がからんでなかなか公平というわけにいかなくて不平不満がつきものである。

 

 

品行方正

   
                                        四 字 熟 語


                                品行方正 (ひんこうほうせい)
                                 

こういう褒めかたをされて、嬉しいかどうかは人にょって差がある。方正は正しくキチンとしていること、態度、行いともに道理にかなっているような人を評価して品行方正というが、昔は文字通りそれが褒め言葉であった。

 

今はかえって、真面目すぎて面白味がないというくらい、品行方正には堅物、世間知らず、人間味欠如などの一面がともない、むしろ世の中の裏表がわからない融通のきかないマジメ人間をからかう時などにも、「あいつは品行方正で話がわからん」と冷やかしの表現を使う。品行方正であって悪いわけはないのだが、それだけじゃ世の中通用しない、もう少し人情の機微に通じないと、つきあいにくい、というわけだ。

 

不謹慎な話だが、品行方正な亭主じゃつまらない、不倫ぐらいする甲斐性が欲しい、と煽動していた評論家がいたが、笛吹けど亭主踊らず、現実には品行方正な亭主族がこらごろ多いらしい。学校では今でも、「品行方正、学業優秀」 なんて賞状を授与するのだろうか。

 

 

 女人禁制

  
                                       四 字 熟 語


                                   女人禁制 (にょにんきんせい)
                                 

現代では、こんな場所を探すのがむずかしい。大相撲の土俵上と小金井カントリークラブぐらいのものだ。第一、女性の立ち入りを禁じたらビジネスが成り立たない。なぜこんな四字熟語があるかといえば、その昔、寺院や道場で修行する僧にとって女性の出入りは心を乱す妨げ以外のなにものでもなかった処から、寺院や道場へは女性の入場を禁じた。

 

これが女人禁制なのである。だから本来は決して女性差別や蔑視などとはいえないのだが、これが男性優位社会で女性しめだしに利用され、女人禁制の場所が結構増えてしまったという歴史がある。

時代が変わり、自衛隊にも女性が入るし、格闘技の世界にも女性は進出した。今や女人

禁制の四文字を口にしただけでも攻撃されるから、これは早晩お蔵入りするだろう。
反対に増えてきたのが男子禁制の場所。女子修道院や女子寮などは当然として、電車や甘いもの屋やレストランまでが男をしめだす商法で評判を取るのだから、かないません。
なお女人という読みは妙に艶めかしいが、女性と書いてニョショウとも読む。