河原文翠の日々是好日

降っても 照っても 日日是好日。泣いても笑っても 今日が一番いい日。

信賞必罰


                                   四 字 熟 語


                                        信 賞 必 罰   


中国には古く、「信賞必罰は覇王の資なり」という言葉があって、賞罰は厳格でけじめをつけ厳正な処遇をすることが政治の基本だ、という考えがある。

 

会社や組織もこの通りで、功績のあった人は必ず賞を与えて褒め、罪を犯したり大失敗をやらかした者に対しては必ず罰を与える、ここのけじめをいいかげんにしてはいけない、これが信賞必罰である。

 

民主的すぎて誰にもボーナスで差をつけない会社があったら、たぶん潰れるだろう。それくらい信賞必罰は社員の士気を左右するのだ。中国二千年の伝統が今に生きているというべきか。ビジネス社会の常識に、論功行賞という言葉もある。これは功をを論じて賞を行うと読めるが、功績の大小、内容などをよく論じて価値判断し、それに相応しい賞を下の者に与えること、いわばご褒美だ。

 

これも社員などの士気に大きくかかわるが、しょせん人間の決めること、私情がからんでなかなか公平というわけにはいかなくて不平不満がつきものである。

 

 

品行方正


                                        四 字 熟 語


                                             品 行 方 正   


こういう褒め方をされて、嬉しいかどうかは人によって差がある。方正は正しくきちんとしていること。態度、行いともに道徳にかなっているような人を評価して、品行方正というが、昔は文字通りそれが褒め言葉であった。

 

今はかえって、真面目すぎて面白味がないという見方もあるくらい、品行方正には堅物、世間知らず、人間味欠如などの一面がともない、むしろ世の中の裏表がわからない融通のきかないマジメ人間をからかう時などにも、「あいつは品行方正で話がわからん」と冷やかしの表現を使う。品行方正であって悪いわけはないのだが、それだけじゃ世の中通用しない、もう少し人情の機微に通じないと、つきあいにくい、というわけだ。

 

不謹慎な話だか、品行方正の亭主じゃつまらない、不倫(浮気)ぐらいする甲斐性が欲しい、と煽動していた評論家が居たが、笛吹けど亭主踊らず、現実には品行方正の亭主族がこの頃多いらしい。(小生も、その一人ですが………)
学校では今でも、「品行方正、学業優秀」なんて賞状を授与するのだろうか?

 

 

不即不離


                                         四 字 熟 語


                                           不 即 不 離   


つかず離れず、という関係を不即不離という。二つのものが、つきすぎもしない離れすぎもしない、ほどよい距離の関係を保ちながら、共存すること、これが不即不離である。人付き合いの鉄則はつかず離れずだ、といわれるが、人間はとかくあまりにくっつきすぎると、お互いのアラが見えて文句も出てくる。

 

家族だってその通りで、実の親子といえどもある程度の距離を保つ必要がある。まして嫁と姑の関係に至ってはただでさえギクシャクするのが常識だから、「ここはお互い干渉せず深入りせず不即不離でうまくやってほしいね。」などと年長者がよくアドバイスする。友人関係もあまりに仲がよすぎると、こわれた時の反動がおそろしい。
つかず離れずは年長者が教える処世術の一つだ

 

不即不離は人間関係だけにとどまらず、政治経済の用語としても使う。財界は政治と不即不離が望ましいとか、国と地方自治は不即不離の関係だという。なお、相即不離という言葉もあって、二つのものが溶け合って切り離せない密接な関係のことだ。

 

 

夫唱婦随


                                      四 字 熟 語


                                          夫 唱 婦 随   


この美風いかに廃れつつあるとはいえ、部下の若者たちに□唱婦随の出題をしたところ、不唱婦随の答えがいくつかあった。意味を聞いたら、「文句いわずに妻に従うことが夫婦円満の秘訣ってことでしょう?」。これには笑った。

 

本人がジョークでなく大まじめなだけに、これはパロディの悪影響かな、と思わずにはいられない。マスゴミあたりでも夫と妻をいれかえて、「婦唱夫随は現代の美徳」なんてやるものだから、まぎらわしくて困るではないか。夫唱婦随はあくまで夫主導による夫婦のあり方だ。夫がいいだして妻がそれに従う、これが夫婦がよく和合していることの証明であった。

 

かつてはと補足しなければ誤解を招く。近頃の夫婦は、夫がいいだしても妻はそれに従わないし、妻がいいだしたことに素直に従う夫も増えたきたらしいし、夫唱婦随を逆転させて婦唱夫随でも、さほど違和感はなくなったとみてよい。とはいえ見た目からいえば、婦唱夫随は頭でっかちで安定性がない。夫唱婦随のほうが座りがいい

 

 

感慨無量


                                         四 字 熟 語


                                               感 慨 無 量   


感無量ともいう。 無量だから、量り知れないほどの、どれだけ深いかどれだけ多いか、言葉では言い尽くせないほどの感銘を感慨無量という。何十年ぶりかで初恋の人に出会ったら、たとえお互いが初老でも、感慨無量だろう。戦争で苦楽を共にした戦友に偶然再会し、男どうしが抱き合ったまま感慨無量だったという話も聞く。

 

身近な出来事でも、苦労して賞を取った、資格試験に受かった、生死の境をさまよった子供の命が奇跡的に助かった、いい芝居を見た、行方不明の息子の居所がわかった、これらは誰にとっても感慨無量の場面にちがいない。

 

千万無量というのもあるが、これは数量が数え量りきれないほど多いこと。感激や感動の場面でこれを使うなら、「千万無量の思いを胸に秘めて」とでもいわないと、言語明瞭意味不明。千万無量だけだど、数量の多い意味だけで終わってしまう。最近は千万無量もめったに使われないし、感慨無量もむしろ感無量のほうが簡潔で日常会話になじむように思われる。

 

 

月下氷人


                              四 字 熟 語


                                    月 下 氷 人   


若者の間ではもう死語だし、日常会話でもあまり使われない。男女の縁を取り持つ人を月下氷人というのだが、仲人、媒酌人といったほうが話が早い。私の若いころ以前は、「社長、ひとつ私のために月下氷人の労をとっていただきたく」などと頭を下げる話が多かったものだが、今は月下美人(花の名)のほうがポピュラーである。

 

月下氷人はもともと月下老と氷上人という、両者とも縁結びの神の名を合成して作った言葉。唐の一青年が旅先で月光のもと読書にふける老人に出会った。老人は大きな袋にもたれていたが、その中にある赤い縄を見せ、この縄で男女の足をつなげば夫婦の絆ができる、と聞かされた故事が月下老の由来。

 

一方、氷上人は、晋のころ、氷の上に立って氷の下にいる人と話をしたことが、氷下の陰と氷上の陽を結びつける前兆だという占いの通り、この人はのちに太守の息子の結婚の仲だちをしたという故事による。こういう中国の故事来歴などは現代では殆ど通用しない。

 

 

才子佳人


                                    四 字 熟 語


                                         才 子 佳 人   


男女が結婚にふみきる場合、これが才能豊かな将来性のある青年と美しい女性であったら、これはもう申し分ない。このような好一対の男女の取り合わせを、才子佳人という。

結婚披露宴のスピーチでは今なおこの言葉が好まれるようで、年配の上司などか、「ご両人はまさに才子佳人を得たりとというカップルでございまして」と褒める。新郎新婦がさほどの才子でなく、さほどの佳人でなくても、そこはそれお目出度い席の御祝儀ゆえ、参会者はこれを許して違和感を持たない。新郎はみんな才子、新婦はみんな佳人といっておけば、これまでは無難だった。

あまりに多用されすぎたせいか、最近では才子(才知や徳の備わった人)、佳人(みめうるわしい女性)の本来の意味が薄れ、単に似合いのカッブル、若い男女、という程度の意味になってしまったようだ。善男善女(本来は、仏教に帰依した男女) と同じ使われ方と思っていい。現代では、佳人より才媛のほうがよく使われる。