河原文翠の日々是好日

降っても 照っても 日日是好日。泣いても笑っても 今日が一番いい日。

旅芸人

 

                                          昭和のあの頃


                    過ぎ去った遠い日々に、思いを馳せる。
                          それによって、心に喜びを感じさせる。
                          不安なコロナ時代、良かったことを考えながら。


                           その28   旅芸人

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旅芸人(たびげいにん、英: itinerant performer)とは、旅をしながら芸をする芸人、またはそれを行う事で金銭を得、生計を立てている人。

 

日本各地を旅し、芸を見せて身を立てる芸能者。演劇や大道芸などさまざまな種類があるが、巡業する大衆演劇「旅役者」とか「旅の一座」という。基本的に拠点を持たず、九州、関西、関東などと全国を回り、1カ所に1、2カ月単位で滞在し、各地の芝居小屋や公共施設などで公演する。内容は新劇や歌舞伎を中心とした演劇が多い。舞台上の華やかさにくらべて地道な生活を送る人たちが大半を占めるが、なかにはテレビに出演するようなスターもいる。

 

身分制度の厳しかった江戸時代において、芸人は蔑まされる存在ではあったが、旅の制約のあった一般庶民と違い、旅芸人は関所手形を持っていなくても、芸を見せて芸人であることを証明できれば、関所を通過することができた。定住を基本とする共同体においては、旅芸人のような漂泊する者は異端であり、そうしたマレビトの来訪は、神であり乞食の来訪として、畏敬と侮蔑がない交ぜとなった感情を生じさせた。明治以降も旅芸人は季節の折節に村々に現れては芸能を見せ、日本人の暮らしの季節感を彩る存在だった。

蝿取りリボン


                                      昭和のあの頃


                過ぎ去った遠い日々に、思いを馳せる。
                     それによって、心に喜びを感じさせる。
                     不安なコロナ時代、良かったことを考えながら。


             その27        蠅捕りリボン

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蠅捕りリボンは、あくまで蠅を駆除対象とするが、実際には小型飛翔性昆虫を区別なく捕らえる。否定的言い回しをするなら、害虫以外も捕らえてしまう。
世界には平紙の形状(シート形状)のものを始めとして様々な蝿取り紙がある。

 

日本では、蝿取りリボン、リボン蝿取りとも呼ばれるリボン状の吊り下げタイプが開発されて以降、このタイプが蝿取り紙の形状として独占的なものとなった。英語では "fly ribbon(日本語音写例:フライ リボン)" と呼ぶこのタイプは、天井など高所から広い空間に垂れ下がるように吊るすことで、そういった場所に留まりたがる飛翔性昆虫の習性を利用して捕らえる。

 

主にロジンと油(ひまし油など)などを原料とする粘着性の強い粘性を持った液体がシートに塗布されており、これに接触した昆虫など小動物がベタベタ粘りつくことで捕らえられる。これは所謂接着ではないため、揮発性の高い溶剤が乾くことで固化しないようになっており、概ね塗布された液体の面が出ている限りは対象を捉えることが出来るが、大抵は(大量の虫が貼り付いている状態は見た目の上でも衛生的に見えないなどの事情で)ある程度の期間が経ったら新しいものに交換される。

 

強い粘着力を持つため、人や動物が誤って触れると容易に取れなくなるので注意が必要である。また、風が吹き抜ける場所では埃や葉屑などのゴミが付着して機能が早期に低下することにも留意しなければならない。

五 徳


                                       昭和のあの頃


                   過ぎ去った遠い日々に、思いを馳せる。
                       それによって、心に喜びを感じさせる。
                       不安なコロナ時代、良かったことを考えながら。


                          その26    五 徳


五徳(ごとく)は、炭火などの上に設置し、鍋やヤカンなどを置くための器具。

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具体的には炉(囲炉裏、火鉢、七輪、焜炉、等々)の熱源上に置いて、鍋、やかん、土瓶、鉄瓶、焼き網などを乗せるために用いられる支持具をいう。

古来、日本では、囲炉裏において鍋や釜で煮炊きをするときは自在鉤と五徳のいずれかを用いた。初期の五徳は三本足であり、環を上にして用いた。これは古くは竈子(くどこ)と呼ばれたもので、古代の中国の鼎に由来するものである。現代でもよく知られる形状の五徳は、桃山時代千利休の指導下で茶釜などの開発に当たった釜師たちによって生み出された。すなわち、茶道の始まりと共に室内で用いる小型の炉「茶炉」または「風炉」が現れ、このとき、竈子を従来とは逆向きに設置し、爪を上にして使うようになった。この過程で「くどこ」の読みも逆さまにされ「ごとく」と呼ばれるようになった。「五徳」は当て字である。

尚、 「五徳」という言葉の本来の意味は、儒教における「仁・義・礼・知・信」の五つの徳を指す言葉である(または論語の「温・良・恭・倹・譲」、孫子の 「智・信・仁・勇・厳」などもある)。

学校給食


                                        昭和のあの頃


                 過ぎ去った遠い日々に、思いを馳せる。
                      それによって、心に喜びを感じさせる。
                      不安なコロナ時代、良かったことを考えながら。


                         その25    学校給食

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学校給食の起源は明治22年(1889年)山形県鶴岡町の小学校で貧困家庭の児童を対象に無料で昼食を提供したことにあるとされています。 それ以後、全国に広まり、昭和29年(1954年)6月に「学校給食法」が制定され正式に制度が始まりました。その後、児童生徒の食生活をとりまく社会環境は大きく変化し、現在ではカルシウムの不足、脂肪の過剰摂取など偏った栄養摂取、肥満等の生活習慣病の増加など、食に起因する新たな健康課題が増えてきています。学校給食は、生涯にわたって健康で充実した生活を送るための基礎を培う健康教育の一環として、その指導の重要性が一層高まってきています。

学校給食のねらいは、毎日を健康でいきいきと生活できるようにするために、食事、運動、休養の調和のとれた生活習慣を身につける必要があることを伝えることにあります。特に、心身ともに成長発達の途上にある児童生徒にとって、栄養バランスのとれた食事を一日3回きちんと摂り、合理的に栄養を摂取することは健康な生活を送る上で基本となるものです。また、家族や友人と和やかに食事をすることは、豊かな心や望ましい人間関係を育成する上からも、大切な役割を果たすものであります。

小生の給食の想い出は、コッペパン脱脂粉乳、おかずとしては鯨肉」です。家で美味しい牛乳をとっていたので、脱脂粉乳の不味さに辟易した毎日だったのです。

あやとり


                                        昭和のあの頃


                      過ぎ去った遠い日々に、思いを馳せる。
                          それによって、心に喜びを感じさせる。
                          不安なコロナ時代、良かったことを考えながら。


                        その24     あやとり


みなさん、子どもの頃はどのような遊びをしていましたか?

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小さい頃、あやとりをしたことがある方は多いかと思います。
女の子の遊びというイメージが強いかもしれないですが、幼稚園ではカリキュラムとしてあやとりを取り入れているところもあるほどメジャーな昔遊びです。
あやとりはどんな遊びか知っていても、その奥深いルーツや地域ごとの特徴などを知っている人は少ないのではないでしょうか。

あやとりは日本の昔ながらの遊びとして親しまれてきましたが、実は世界中で遊ばれている万国共通の遊びなのです。そんなあやとりのルーツは残念ながら正確に判明していないのですが、「糸があればできる」という手軽さと、「糸を指に絡めてさまざまな形を作ることができる」という特徴から、各地で自然発生的に誕生したと考えられているのだとか。

日本でもいつ頃からあやとりが遊ばれていたのか、詳しいことは判明していません。
しかし、江戸時代にはあやとりをしている記録が残っています。
例えば、歌川広重の浮世絵「風流おさな遊び」ではあやとりで遊んでいる二人の女の子が描かれていますし、井原西鶴の「諸艶大鑑」には絲どりの記述があるのです。
つまり、日本でも江戸時代にはすでにあやとりが子どもたちの遊びとして定着していたのですね。

あやとりの嬉しい効果
①手先の器用さが養われる    ②集中力が身につく    ③記憶力が良くなる
④達成感が生まれる       ⑤親子の触れ合いの時間が生まれる

『君の名は』


                                       昭和のあの頃


                   過ぎ去った遠い日々に、思いを馳せる。
                        それによって、心に喜びを感じさせる。
                        不安なコロナ時代、良かったことを考えながら。


                     その23         君の名は


  「忘却とは忘れ去ることなり。 忘れえずして忘却を願う心の悲しさよ。」

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すれ違いの悲恋を物語の縦糸にして、戦後の社会が生んださまざまな問題を緯糸に織り込んだことで、戦後の荒波を独りで生き抜いてきた大勢の女性たちから共感を呼び、放送時間には銭湯の女風呂が空になると言われたほど人気があった。番組は映画、出版、観光などさまざまな分野を巻き込む例のない展開を見せ、「君の名は」ブームが起こった。ラジオドラマ黄金時代の伝説的番組である。

 

菊田一夫氏脚本の『君の名は』は1952年にラジオドラマとして放送された、終戦からその後の時代を描いたメロドラマである。当時、「忘却とは忘れ去ることなり…」というナレーションでドラマが始まると、女性たちはラジオの前に集まり、その時間帯の風呂屋がガラガラになったと伝えられています。と言われたほど、多くの女性たちの心を掴んでいたらしい。1953年〜54年には岸惠子主演で全3部作で映画化され、ヒロイン・真知子のストールの巻き方は「真知子巻き」として大流行。昭和29年の映画で主人公を演じた岸恵子さん、佐田啓二さんは雲仙地獄でロケを行い、岸恵子さんが手をついた岩は主人公の名をとって「真知子岩と名付けられ、碑も建てられています。

BCG


                                     昭和のあの頃


                    過ぎ去った遠い日々に、思いを馳せる。
                         それによって、心に喜びを感じさせる。
                         不安なコロナ時代、良かったことを考えながら。


                    その22      BCG 


BCGは結核の予防接種です。
平成28年4月より、集団接種から個別接種に変わりました。

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結核は、結核菌の感染で起こります。
わが国の結核患者はかなり減少しましたが、まだ2万人を超える患者が毎年発生しています。そのため、大人から子どもへ感染することも少なくありません。また、結核に対する免疫は母親からもらうことができませんので、生まれたばかりの赤ちゃんもかかる心配があります。乳幼児は結核に対する免疫が弱いので、発病すると全身性の結核になったり、結核髄膜炎になることもあり、重い後遺症を残す可能性があります。

 

BCGは、髄膜炎や粟粒結核などの重症になりやすい乳幼児期の結核を防ぐ効果が確認されているので、1歳に至るまでに受けることとなっています。
また、標準的接種期間は生後5ヶ月頃から8か月となっています。

 

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)にBCGワクチンが有効だとする研究結果が報告されています。そのため重症化のリスクが高く、ワクチン接種歴のない人から接種を希望する声が上がっているようです。こうした動きに対し日本ワクチン学会は4月3日に、COVID-19にBCGワクチンが有効ではないかという仮説は科学的に確認されておらず、現時点では否定も肯定も推奨もできないとの見解を示しています。